こう書いてくると、やりたい放題やってきた能天気な幸せ者と思われるかもしれない。全くの僥倖で職を得たものが、学生の迷惑も考えず好きなことをして来たのだから、その通りだ。しかし、どうだろう。定職を得た研究者が胸の高まりも無く、ただ論文の数を増やし、科学研究費を獲得して行くことの方がいいのだろうか? 冒険者の大部分は失敗し、ごく少数のものが新しいコンセプトを切り開くのではないだろうか? 私には失敗を覚悟で冒険することが、僥倖によって定職を得た科学者の道徳的義務とさえ思う。
詳しくは、物性研究2011年11月号に掲載された「戦後に生まれて物理学を志して」
を見て下されば幸いです。
「龍雄先生の冒険」のscanned fileをWebstiteに公開していただきたいのですが?私は、この本の存在を今まで知りませんでした。世間にあまり知られていないと思いますし、一般に売っていないので、これは非常に残念なことだと思います。「日本の研究者は自分の仲間の業績を広めるべきだろうと思う」の精神に則って、Webに公開すれば、広く読まれると思うのです。
コメントをありがとうございます。今、再版の方向で検討しています。それについては内山先生のご家族の同意も得ており、多分共著者たちも同意して下さると思います。
一方、Webに公開することについてはこれからの検討課題です。出版社との関係もありますし、私自身Webについてはこうやって瀬踏みをしている状況です。