平将門と我孫子

2 2月

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講演会「将門と我孫子」(講師:川尻氏)に参加しました。

 

 

 

940年に関東に起きた将門の乱について興味がありました。

 

我孫子市日秀(ひびり)に将門神社がありますが、今なお人気があります。

 

当時は、下総の国一帯は霞ヶ浦から手賀沼まで東京湾に匹敵する広大な湖沼地帯(香取海)でした。我孫子(相馬郡)は東国に至る交通の要衝でした。

 

将門の乱はわずか4ヶ月で鎮圧されるのですが、日本の歴史で唯一天皇にとって替わろうとした人物であり、武家社会の先駆けであったとも言われています。

 

しかし、地元での人気はそれだけでは説明できません。将門附追討祈願の成田山にお参りしないなど語り伝えられています。また明治政府が朝敵と言う理由で神田明神から将門をはずそうとして地元の猛反対にあったというのですから、人気は関東一円にあるようです。

 

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