日本のエリート層の平常性バイアス

30 4月

先日、火山学者に御嶽山の噴火による犠牲者のうち多くは写真撮影を続けて逃げ損なったため、と聞きました。http://abikoscience.web.fc2.com/

これは、周りを見て、「まさか噴石は降って来ないだろう、自分だけは大丈夫」と信じていたようです。このような心理状況を「平常性バイアス(normality bias)」と呼ぶのだそうです。

日本人に平常性バイアスが強いことは、漠然と感じます。

3.11に整然と対応して世界から賞賛されたのはある意味で平常生バイアスのお陰でしょう。一方、太平洋戦争が悲惨な結末になるまで続いたのも同じく正常性バイアスでしょう。それよりも現在進行している社会の行き詰まりの中で、そのうち何とかなると思いながら、その日を暮らしているのも正常性バイアスかもしれないと、引き続く大会社の社長たちの不祥事の報道から感じます。

これを単に一長一短とするとピンぼけ思考に終わります。日本の正常性バイアスの問題は、指導者層が正常性バイアスに罹っているところにあります。エリートには自己の不利を顧みずに信じるところ述べ行動する義務が本来あります(noblesse oblige)が、それこそ日本の指導者層に欠落していることは、政治家、官僚、大企業の経営者、メディアの記者、御用学者を見れば明らかです。

 

私個人としては、集団正常性バイアスなどに陥らないように、信じるところを堂々と言う人間でありたいと思います。例えば、熊本地震のおさまるまで、「大丈夫ではあろうが、念のため」と政府の責任で、川内原発を停止するのが妥当と思います。

エリートたちが集団正常性バイアスに罹っていると、「間違った覚醒者」による独裁に陥ります。

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