1979年 ヨハネ・パウロ2世がバチカン宮殿で行われたアインシュタイン生誕100年の式典で行った講演をきっかけに、ガリレオ裁判の見直しが始まった。ガリレオ崇拝者ナポレオンによる裁判文書略奪とそれに伴う散逸はあったが、バチカンに約400年間秘蔵されていた膨大な記録を読破した著者によるものなので重い内容がある。
その裁判の争点は、俗にいう「天動説対地動説」ではなかった。地動説の方が惑星の運動をよく説明できることは教会側も認めていた。カソリック教会その権威を守ために工夫した妥協案の「数学的仮説としての地動説にとどめる」ことを受け入れることを誓いながらそれを反故にし「本当に地球が動いている」ことを「天文対話」の中で主張したことが罪に問われたのである。敬虔なカソリック教徒のガリレオが、聖書は天動説を支持していない、と抗弁したことが火に油を注いだ、聖書解釈という教会の専権事項に立ち入ったからである。
ヨハネ・パウロ2世により宗教と科学の対立は終わったのだろうか?多分そうではあるまい。キリスト教が第一原因としての神の存在を教義の中心に据えている以上対立の根は残っている。科学を「錦の御旗」にする権威主義が出てきているので、自身が宗教化する可能性がある。
新カソリック大辞典の中の「ガリレイ」の項目を添付する。以前のカソリック大辞典ではガリレオは犯罪者だった。
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