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寺田寅彦の「物理学序説」を読む

30 12月

寅彦の命日であるこの大晦日を期して上記の本を窮理舎から上梓しました。https://kyuurisha.com/info/newbook-info3/

 東工大の科学史の研究室のセミナーでZoom講演をしました。火ゼミ報告を引用します。

物理の研究をしていて方向性を見失い、気づいてみると欧米の雑誌に出ている論文を読んで、とりあえずできそうな問題を見つけ解いて論文にして、その年を切り抜けている人が結構いるような気がする。物理学の分野に特段の流行が見受けられない 2020 年現在、そのような人の研究にはかなり苦しいものがあると思う。 

そのような人の初心に寺田寅彦が蘇ってこないだろ うか? 寅彦は自然を直接観察し自作の実験装置を工 夫し、独自の新境地を開いた物理学者である。彼の随 筆が秀逸であったために、とかく優雅な「眺める物理 学者」のイメージが強いが、正統の物理の分野でも大 きな貢献をしている。1913 年に X 線回折によるブラグ 反射と同じものを独立に発見している。その実験方法 も回折像の解析方法も独創的であるとラウエからの高 い評価も得ている。ただし、わずか 2 年で研究を弟子 の西川正治に委ねている。 

さらに物理学の方法論についても体系だった思想を 持っていたスケールの大きい物理学者であった。その 思想の内容が未完の書「物理学序説」である。この序 説は、初学者に向けた語り口で述べられているが、実 は同時代の研究者へも鋭く問いかけている。 

現代の理論物理学は、高度に数学化されている。学 問の発展の段階では、その数学化が威力を発揮してき たことは否定できないし、実際に一般相対性理論では 大成功をおさめた。肌感覚では 1980 年代からその傾 向が極端になり、かつやり尽くされたように思う。 

ここで一旦立ち止まり集団思考から社会的距離をと り、自然を直視して、数学の言葉でなく自然言語で物 理を語り、研究の新しい芽を探してみてはどうだろう か? 

最後に寅彦の俳句を一つ紹介する。 

椎の影 蔽ひ尽して 池寒し

水島寒月 

忖度していると頭が悪くなる

31 10月
 
10年ほど前に自治会長をしていた時のことである。防災訓練の下相談の
ために隣の自治会の幹部の方と 消防署の待合室でお会いしたところ、
突然「私の人生は失敗でした」と話を切り出されてびっくりした。なんでも
在職中は中央官庁で それなりの地位まで登りつめ、無事退職したそうだ。
しかし、上司など周りに配慮して自分の考えを主張せず無難に仕事をこなして
いるうちに 頭がすっかり悪くなってしまったというのである。
私からは何とも言えず黙って聞いていた。
それで定年後やりたいことはいっぱいあったのだけれども、
それを実行する「知力」が衰えてしまい、漫然と暮らす毎日になってしまい、
この先20年以上をどうしようかと暗澹たる気持ちだとおっしゃ る。
最近の日経サイエンス2020年12号74ページの記事で、
学習が脳の構造を変えることが最近の神経科学で実証された記事を読み、
上記のエ ピソードを思い出した。それによると脳細胞を強く太くするような
良い学習をする必要がある。私自身は、上司や同僚に恵まれて忖度など一切なし
に自分の信念通りに生きて定年後も毎日を生き生きと楽しく暮らし、
その幸運を感謝している。 政権に忖度をして国会で見えすいた
嘘を言わされている官僚諸君はまことに気の毒という他はない。
人間関係や出世などという人事のために、
大事な頭を悪くしているのである。しかし、同情ばかりでは済まない。
高い地位にある官僚はその忖度によって部下に馬鹿になるか自らの命を断つ
かの選択を迫っているかも知れないのだ。

「量子力学と私」朝永振一郎著、江沢洋編 読了

16 9月

 中に納められている「光子の裁判」などいくつかは既に読んでいましたが、今回は江沢編に惹かれて読み直しました。

 注目するのは、朝永が量子力学革命の時期を1925年から1930年に限定していることです。それ以前の、プランク、ドブロイ、ボーアなどのいわゆる前期量子論を勘定に入れていません。ハイゼンベルグ、シュレーディンガーとディラックによる現代でも物理として通用するものを量子力学と呼んでいます。

 京都の湯川・朝永はその革命について行けたけれども、東京地区では、学部卒くらいの若い人たちが「物理学文献会」という輪講を理化学研究所の一室で夜勉強していた状況だったようです。

雑誌「現代思想」で量子計算を哲学してみる

28 1月

私は、D.ドイチがその概念を発表して10年後の1995年に量子計算の分野に参入した。P.ショアが素因数分解の量子アルゴリズムを発表して間もなくのことである。その頃、日本で量子情報/計算の第一次ブームが起きた。

 この数年の出来事は第二次ブームというべきで、メンバーも相当入れ替わっている。メディアでも盛んに報じられ、一般の人の間にも関心が高まり、「Googleが何かすごいことをやったらしい」とか、「巨額の国家予算が投じられているそうだ」「仮想通貨は危ない」などと、日常の話題にしている。

 しかし、分かって話をしているわけでもないらしい。そこで、本稿では2節から7節まで、量子計算の簡単な解説をする。一方、専門家は研究のターゲットを絞り込んで先陣競争をしがちである。

こういう時期には、量子計算全体を俯瞰して、それぞれの専門性という縦糸に横串を入れるという意味の「哲学」の意義が出てくる、と考えて第8節をしたためる。2節から7節までをわかっている人は、8節だけを批判的に読んでいただければ、幸いである。

国民一人当たりのコーヒーの消費量

13 12月

グラフを見るとルクセンブルグがダントツに一位です。

https://gigazine.net/news/20120726-coffee-consumption/

でも、不思議ですよね。

当たり前ですが、誰も飲んだコーヒーの量など記録していません。

この数字はその国の商店で販売されたコーヒーの量から(税務署が?)割り出したものです。記事https://cafend.net/drink-coffee/

によれば、ルクセンブルグは周辺国に比べて消費税が安いので、近隣諸国の住民がコーヒー豆を買いに来るのだそうです。それを、Domestic Consumptionと勘定してしまったための珍統計だったらしいのです。

このことは、なかなか良い教訓と思います。

私は、GDPなど経済統計の値を疑っています。

“Voyage of the Beagle”(ビーグル号航海記)by C. Darwin 読了

11 10月

ガリレオを引用するまでもなく、科学にはどこか「冒険」の要素がある。それが最近では単なる仕事に化している気がする。

それではまずいということで、ダーウィンが進化論を世に問うはるか前の20代で行った冒険旅行の記録を読んでみる気になった。初々しい感性による美しい英語で書かれた探検記を極上の料理を食べるように味わった。 2018年7月23日から読み始めて、2019年10月12日の読み終わった。

南アメリカをほぼ一周し、タヒチ、ニュージランド、オーストリアを越えて、最後は喜望峰周りで5年経って帰国している。進化論の着想を得たのは、ガラパゴス諸島でのフィンチという小鳥のくちばしの長さが島ごとに違うことだったと、中学の時に教わったが、違うと思う。フォークランド諸島に生息する狼などの動物が人に馴れる度合いが島ごとに違うことに着目し、島に人間が定住した時期との関係を調べて、世代を重ねるごとに人間に安易に近づく性格のものが死に絶え警戒心の強いものが生き残ったと記している。これこそが、自然淘汰の本質と思う。博物学者の記録なのにスケッチが一つもないことが気になった。

「龍雄先生の冒険」でも、内山龍雄先生の人生最大の冒険は一般ゲージ原理 の主張だったと思う。今月末から、放送大学面接授業で「若きアインシュタインの考え方」を講じるが、そこでは26歳の時彼が発表した、特殊相対性理論の「冒険」を話すつもりだ。

<現在>という謎(勁草書房)に寄稿しました

20 9月

時間の空間化批判という副題が付いていて、哲学者の森田邦久さんが編集しています。哲学者と物理学者が時間について論じ、対話したものです。

私は、第3章 現代物理学における「いま」を執筆しました。これは、東京大学で行われた吉田夏彦先生の主宰するDDD会での講演、森田さんが企画した九州大学でのセミナーに基づくものです。

内容は、1947年に渡辺慧さんが書かれた「時」という本(河出書房)の中に収められた常識人と物理学者の間の「時間対話」を70年タイムスリップさせたものです。

現代物理学の数学的な記述の中から滑り落ちてしまった、「今」の概念の復権の芽を量子力学と熱力学の操作的な理論構成の中に見出そうとします。

この論文集の中の平井さんによるベルグソンの時間観と不思議な符丁があります。キーワードは「観測者」です。

以下をクリックしてくださると、校正の方が可愛いと言ってくださった手書きの「マクスウェルの悪魔ちゃん」です。図3.2 マクスウェルの悪魔

雑誌「現代思想」に佐藤文隆さんとの対談が掲載されました

27 7月

今年は、アインシュタイン生誕140年で、それを記念して特集号を企画したそうです。

佐藤さんも私も、学生時代アインシュタインは「過去の人」として扱われていました。時代は一巡りして、量子力学の観点からすると「時の人」かも知れません。

私は、対談でアインシュタインが、1905年の特殊相対性理論の時と1915年の一般相対性理論で、そのスタイルを大きく変えていることを強調したつもりです。そして、現代的な観点からすると、若きアインシュタインの優れた着眼点に注目すべきだと述べました。

 

“Heidegger and Science” by J.J. Kockelmans 読了

22 6月

ハイデッガーと父(1961年、自宅前)

父が生前、翻訳した「存在と時間」(M.ハイデッガー著)を読んで欲しいと電話してきた。始めの5ページを読んでさっぱり分からなかった。ただ、原著が1917年上梓で、N.ボーアがコモ湖畔で量子力学の講義を始めた時であることが気になった。

しかし、ハイデッガーが「科学から影響を受けたことはない」と断言したと何かの本で読んでがっかりしたので、父にその旨電話した。父は、その言葉を文字通りに受けてはいけない、と言った。お茶目な人でよく冗談を言う人だそうだ。

定年後、ハイデッガーの現代科学に対する見方に絞って、「存在と時間」を読んでいこうと思い、本を探して表題の本に出会った。その中で、ハイデッガーは近代科学の祖をガリレオとニュートンにとっている。近代科学と古代ギリシャの科学の違いは、実験のあるなしではなく、近代科学が自然を数学に「企投」(entwurf,project)したことにある、と述べている。具体例として、ニュートンの第一法則(慣性の法則)を挙げている。「企投」はハイデッガー語で、「熟慮の後での乾坤一擲」のことである。それは、科学ではなく哲学なのだと言いたいのかもしれない。裏を言えば、「科学は考えない」(Wissenshaft dinkt nicht)で計算だけしている、という挑発的な言い方にもなる。

量子力学については言及していないので、晩年親交のあったハイゼンベルグが書いたものから見ていこうと思う。

荒勝文策について読む

4 6月

日本の原子核物理学の草分けである荒勝文策について、京大でお弟子さん政池明先生が最近科学史的な本を出版された。

徹底した実証主義者の荒勝が、広島の原爆投下直後に放射線を調査し、それが原爆によるものであることを実証している。敗戦後、GHQによる尋問を受け何より大切な実験ノートを没収された時に流す涙と、その時の通訳T. SmithがGHQの理不尽なやり方に憤慨して辞表を出して帰国し、日本文化の研究者になるところは胸を打つ。そして、サイクロトロンの破壊と続く。

この誠実な物理学者の存在を知ることができて良かったと思う。